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私は40代サラリーマンです。
現在「うつ病」をわずらっていて治療中ですが、医者やネットの様々な情報により助けられてきました。
いくらか体調が良くなったので自分の記録をこのブログに残してみます。
うつ病の方がいらっしゃったら、読んでいただけたら幸いです。
私自身もうつ病は必ず治ると信じてブログを更新していけたらと思います。
極力細かく使用した薬、通院等々日々の経過のことを出来るだけ期間も含めて書いてみようとおもいます、参考にしてください。

「うつ病」というのは脳の病気で、ストレスがたまりすぎると脳から出る物質の「セロトニン」が減少し、物事へ意欲や焦燥感、食欲低下、不眠、精神的苦痛を伴う病気です。世の中10人に1人はうつ病患者がいると言われいるらしいそうです。けして心の病気ではありません。

色々とネットで調べたら下記のような情報がみつかりました

うつになったら・・・
1.心療内科に行って診察してもらう
(予約でないと当日診療できないところもあるので事前に電話で確認してから行くこと)
2.医者の指示にしたがって薬を飲む(途中で勝手に薬服用をやめない)
3.休養をとる   (できれば会社に説明して休職させてもらう)
4.自分をいたわる (悲観的のスパイラルにおちいってしまうため、自分を非難せずいたわること)

上記を守っていれば治るとあり、信じて実行中です(闘病中の私が断言するのもなんですけど・・・。)

まず私の「うつ病」は「メランコリー症候群」という「うつ病」で、発症したのは11月下旬でした。
私はサラリーマンで土日が休みなのですが、休みの土曜日にまったく体が動きませんでした。布団の中で立ち上がることもできず、寝っぱなしで何もやる気がしないしトイレに行くのもおっくうでした。月曜日になって会社にいってもストレスで胃が痛くなる日々が続きました。仕事は商社で毎日のように残業が続いており、それを20年間以上やってきたのが「当たり前」になっていました。私はお客から頼まれたことは1つ残らずやらないと気が済まない性格でした。

人間ストレスがたまると胃を悪くしたり、頭痛がしたり、または肩がこったり等様々な病気になります。私の場合は胃酸が大量にでるらしく、この時期「うつ病」とは気が付かずに胃薬ばかり飲んでいました。
内科に行って胃薬をもらったが一向に効き目がなく、胃カメラまで飲んでみたが異常はありませんでした。今この日誌を書いていてこのころから「うつ病」になっていたのだと思います。憂鬱な気分が続きこの状態が1月中旬まで続きました。


 

「うつ病」は自分では気が付かないものです。「うつ病」って根暗で根性がない人間がなる「精神病患者・気が狂っている人」がなる病気だと思っていました。最初に気が付いたのは私の嫁です、そして「心療内科」に行くように勧められましたが、どうしても精神病院に行くのは恥ずかしくて行くことが出来ずじまいでした。自分では営業途中に神社にいっておみくじを引くなど、気分転換して何とかしようと思ってました。今思えばこの時に「心療内科」に行っていれば後日休職をせずに良かったかもしれません。鬱々とした日を送ってました。

 

1月17日土曜日

約2週間、抑うつ状態(ストレスが原因で気分の落ち込みが続くこと)が続き、見るに見かねた嫁が心療内科に行こうと言ってきた。鬱々渋々しながら地元の心療内科を訪ねてみると、予約がないと当日診療はできないとのことだった。
インターネットにもHPがあるくらいだから、それくらいのことは書いておくべきだとだめじゃないか!と思った。
病院の雰囲気も暗く、まさに精神病院といった感じだった。それから近くの町、吉祥寺の心療内科にも電話をしたが「予約がいっぱいで・・・」の理由で予約がとれなかった。

あきらめてみたところ、嫁ががんばって探してくれて西荻窪にある心療内科で当日見てくれるところを探してくれた。
病院はとても明るくて清潔そうなところだった。先ほどいった地元のところの陰気さとは正反対のところだった。
初診でいくつかの質問書に記入する。先生は若い男の人だった。
恥ずかしながら嫁同伴で話を聞いてもらう。体が動かないこと、気分が落ち込んでいることが続いていること、焦燥感が多々あること。若い先生が「うつ病」ですね、と言われた。そこで自分がうつ病であることに初めて気が付いた。

薬を処方された。ドグマチールという薬で毎食後に1錠飲む薬だった。面白い歴史をもつ薬で、もともと胃薬を作っていたら、抗鬱も兼ね備えた薬だそうで、胃を痛めている私にはピッタリな薬であった。
それを約10日間程度飲むことで胃の痛みはなくなっていた。胃の痛みがなくなっていくらか気分を良くした私は医者のいいつけをすっかり忘れていた。

いいつけとは「気分が良くなっても薬はは必ず飲んでくださいね」とのことだったが、てっきりうつが治ったと思った私は地方出張で忙しくて飲むことを忘れていたのである。今思えばキチンと飲み続けていれば、キチンと治っていたかもしれなかった。 
 

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治ったと思って薬も飲まずにいたうつ病が再燃してしまった。
長期出張を経て会社に出た途端、売り上げは上がっておらずストレスという重圧がのしかかってきて気分が抑うつ状態に。
朝起きると体が起き上がれない、ギリギリになってわめいて遅刻寸前で会社に行く。会社までは車で約1時間。今思えばまともな運転が良くできたと思う。

会社では以前内科にもらっていた「ソラナックス」という精神安定薬を飲むとその日だけは救われた。ところが、翌日になってみて胃がキリキリと痛み出し「ドグマチール」も飲んでも効かなかった。結局医者のいいつけを忘れて「ドグマチール」を飲まなかったからいけなかったのかもしれない。それは正直わからないのだが・・・。大した仕事でもないのに辛くなる。心身が落ち着かない、なぜか泣きそうになる。情緒不安定な毎日が続いたのである。

ソラナックスが効くかどうか試してみたことがある。ギリギリまで我慢してソラナックスを飲まない日と飲む日を分けてみた。
飲む日はプラシーボ効果があるのか確実に効いて仕事を普通にすることができた。しかし飲まない日は焦燥感がひどく頭の中を心配事がグルグルと回るのだ。しかたなくソラナックスを飲む。毎日薬漬けでいいのか?しまいにはこの世からなくなってしまいたい、会社を辞めてしまいたい、チラチラと自殺を考えてしまう・・・そんな日々が続いた週だった。

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自殺したい この世からなくなってしまいたい 会社を辞めたいと思う日々が続く。意味もなく泣きそうな毎日である。
会社を休みたい、だけど休むわけにいかないと頑張って会社にいった。
しかしこのままじゃ本当にダメになってしまうと再び心療内科を訪れた。
以前担当していた若い先生は土曜日のみで、水曜日に訪れたため50代の先生になっていた。その先生に事情をすべて話した。
薬を途中でやめたこと、ソラナックスだと落ち着くこと。
先生が言うには
1.ソラナックスは依存症があるから辞めること
2.ドグマチールをやめて、サインバルタ20mgという抗鬱剤に変更すること
3.一緒にガスモチン2錠という薬を飲むこと

を言い渡された。

翌日 朝になったのに体が動かなかった。仕事に行かなければいけないのに体が動かないのである。会社には風邪だと電話をいれてその日は休んでしまった。一日中動けずぼ〜っとしていた。

翌々日金曜日 遅刻ギリギリで会社へ行った。今日終われば明日は土曜日だから2連休となる。気楽な気持ちになれそうだがまったくなれない。
朝は7時に起きてゆっくりとご飯を食べてなんとか運転して会社に向かった。何故か辛い。これが「うつ病」なのだろうか?憂鬱な気分と辛い気持ちで一日中で泣きそうになった。胃もキリキリと痛い、その時に処方されていないドグマチールも一緒に飲む。これで胃が治ってくれればとの一心である。

唯一効果があった改善方法は車を運転中にゲラゲラと笑うこと。
笑い袋のようにひたすら笑ってみたら、いくらかスッキリとした。帰ってからも気分が良くなっていた。
「夜はいつかきっと明ける!」細川 貂々さん著「ツレがうつになりまして」うつ病を克服した患者さんの名言である。
旦那さんに突然のうつ病が発症。夫婦二人三脚でうつ病を乗り越えたこの本は、正直私も何かにすがる気持ちで読んでみた。
幸い私のうつ病はこの主人公の旦那さんよりは軽傷なので、うつ病を治す何かのヒントになればと思った本だった。

現状、胃の痛みはなかなか取れず「ドンマイ(´・ω・`)ノ」と自分に言い聞かせてみる。


↓嫁がブックオフで買ってきてみせてくれた本。うつ病患者の毎日を書いた本である。自分の症状とよく似ていた。


 

3月28(土)
胃が痛くて夜眠ることが出来ない。不安なことがスパイラルのように色々と頭の中を渦巻いている。夜3時に眠れないので睡眠導入剤レンドルミンとドグマチールを飲んで寝る。医者に相談をしていないがその日はドグマチールを3回飲んだ。(後からわかったがサインバルタとドクマチールを一緒に飲んでも構わないらしい)
お昼を過ぎて嫁が散歩に行こうと誘ってくれる。一緒に近くの善福寺公園まで足を延ばして歩いていく。いくらか気が晴れる。

3月29(日)
気晴らしに行った古本屋で「丸岡いずみさん著 仕事休んでうつ地獄に行ってきた」を読んでみて自分と同じ症状なのでびっくりしてあわててしまった。ドキドキと焦燥感がひどく、途中まで読んでパニックにおちいってしまい、あわてて古本屋を飛び出す始末だった。読んでみるとうつ病を発症して休職して実家に帰り、おまけに入院までしてしまったからだ。
私は会社を休むことはできないと思っていたし、休職なんかしたらクビだと思っていた。ましてや入院なんてとんでもない。
しかしそのことが頭の中をぐるぐるとまわっていた。

3月31(火) 朝4時に起きてしまいそれから眠ることが出来なかった。ふと会社に相談してみようと思った。うつ病になってからわかったことだが、私は自分のうつ病をひたすら隠すことをしてきた。ばれてはならない!ばれる前に早く良くならなくては!とずうっと隠してきた。だけど自分に限界がきていた。先日ニュースで知ったが、飛行機の副操縦士がうつ病で搭乗員をのせてまま自殺を図った事件が起きた。搭乗員150人が全員犠牲になったのだ。副操縦士はうつ病を隠してきたからこういう結果になったのだと、自分はもう隠すのをやめようと考えてみた。その考えにたどり着くととすぅ〜と落ち着いてきた。「もう隠さなくていいんだよ」と自分に言った。当日会社に事情を話すと、会社を万が一の場合休職してもいいとのことだった。思い切っていってみてよかったと思う。
それでもその時は会社を休職するつもりはなかった。もともと変に責任感が強い私は自分の仕事を人に任せるなどとは微塵にもおもってなかったであるから。
会社が私を心配してくれてその日は夜1杯飲みにつれて行ってくれた。お酒を結構飲んで帰ってきたのだがそこから地獄が始まるのである。


 

4月1日(水)
 
お酒を飲んで帰ってきて23時に寝ついたのだが3時になって起きてしまい、また眠ることができない、鬱々が取れない。結局会社を休んだ。
鬱々がひどい、死にたい、つらい、呼吸をしているのもひどい。もうどうにもならなかった。
嫁にすがって、「助けてくれ 助けてくれ」と泣いてしまった。なんという醜態であり、ひどい有様だろう。
結局嫁がが心療内科に連絡をとりアポイントを取ってくれた。
自分じゃ何もできない。付き添ってもらいバスで一緒に出掛けていく。バスの中でも呼吸が激しく息苦しくつらい。
10:30のアポだが院内にいるだけで息苦しい。本当に苦しい。無理やり入れてもらったので10:45になったのだが、それまでの時間が苦しくてとてもとても長く感じられた。
自分の番が回ってきて、医者にすべてをぶちまけた。苦しいこと、自虐観念が強いこと。死にたいということ。会社を辞めたいと願うこと。すべて思いっきり話した。
医者が私に「これは一か月休職しないと危ないですね」と言われて、「診断書をかきますから」と、一か月休職を申し渡された。まさかこんなものが来るとは思わなかった。
薬を強くするとか、もっと他にあるんじゃないかと思っていたから、ショックだった。もともと仕事を人に任せることが出来ない私は会社を休まないようにする方法はないかと先生にすがったが、先生は容赦をせずに診断書を書いていく。
「1週間仕事してから休んでは?」と聞いても先生の答えはNOだった。「そんな精神状態で仕事しても失敗ばかりしますから」すぐに休みをとってくださいとのことだった。

 
休職中は仕事は一切してはダメ。好きなことをしてくださいと言われる。なんということだろうか。どうすればいいのだろうか。どう会社に説明すればいいのだろうか?頭の中がグルグルとまわった。
薬は
サインバルタが前回の20mgから40mgに増えた。
グッドミンという睡眠導入剤をもらった。
ガスモチンという胃薬をもらった。
ドグマチールという胃薬をもらった。
通院は1月17日からだった。病院に通って2か月半過ぎたことになる。

 

4/2(木)

「診断書 1か月の休養を申付ける」 を渡されてその次の日のことである。
実際その日はすぐに起きることができていて、薬が効いていたので調子は良かったのだが、こんなことを会社相談していいのだろうか?と半信半疑だった。
朝会社にこのことを相談した。仕事すべてのことを他の人に託して休むことを許可される。この日と翌日を働いたら来週より休んでいいこととなった。
あっさりと許可をされてすべてを任せる準備をするのだが、なかなか思うようにことが進まない。もともとは人にものを任すことが嫌いな主義なのだ。なんでも自分でやらないと済まないからこんな病気になるのだ。結局仕事が遅くなってしまい夜22時に帰り、なかなか帰ってこないことで嫁をハラハラとさせてしまった。
帰宅途中取引先の社長さんから電話があって、「人生長い、人の言うことは聞いておけ ゆっくり休め」と諭される。
ゆっくりと休むことが将来、自分の含め多くの人の利益につながってくると言われた。もっともだと思った。

4/3(金)
翌日の金曜日、朝の営業会議で同僚にに「うつ病」でしばらく休職することを伝える。同僚たちの視線はなんとなく病人扱いだ。
今まであまり話さなかった同僚に話すと実は自分も前職でうつ病を患い2か月間休んだと体験談を話してくれた。
体験談は
1.仕事を忘れてすっかり休むこと
2.好きなことをやること
の2点だった。これをやっていると、うつうつとがいつの間にか晴れ渡るようになるとのことだった。
19時に帰る間際に休養でしばらく仕事をする事をメールをすると、すぐに3件のお客さんより電話がかかってきた。皆さん心配してくれてとてもありがたいことだった。そして目まぐるしい一日も終わって会社から家路につく。幸い薬がよく効くようになって気力は回復している。さて、この後どうなるのだろうか?数日前の地獄に比べてみると今はすっかり楽になった一日だった。
 

4/4(土)~4/6(月)
本日から休職が始まったのだがこの3日間ほとんど布団から抜けれずに寝っぱなしだった。不安と焦燥感が入り混じって負の事ばかりがグルグルとスパイラルのように思い浮かぶのだ。会社を休職して恥ずかしい、いっそクビにしてもらったほうが・・・。辞めたら仕事なにしよう・・・。等々
自分じゃ薬を飲むことすらできなくて、食欲も全くなく嫁に寝床まで来てもらって薬を飲ませてもらう始末。
4日(土)は昼に無理やりラーメンを流し込んでそのまま布団にて眠りにつく。風呂にすら入れない。
5日(日)は夕方まで起きれずにお粥を作ってもらって流し込んで寝た。
6日(月)はお昼におそばを作ってもらってから幾らか気分が良くなってきた。本当にここまでが不安だらけで地獄だった。

今日は月曜日で会社を休むことにあきらめがついて、精神的に気が楽になったと思われる。夜はテレビも見ることができたし少しは笑うこともできた。このままゆっくりと治すしかない。

 

4/7(火)

会社を休職してから4日目。昨日調子の良かったからの油断か、今日は不安の朝を迎えてしまう。
とにかく苦しい、意味もなく苦しい。息苦しい。うつ病には波があるようだ。昨日は完全に良くなったと思ってたのにガッカリだ。
結局布団から抜け出せず、鬱々と寝込んでしまう。こんなことでいいのだろうか?会社に申し訳ない〜自分はダメな人間だ〜もうだめだ・・・
負の連鎖で心がポッキリと折れてしまい立ち上がることができない。一通り寝るのが飽きるとこどものベッドに行ったりしてまた寝込む。
子供のベッドが飽きると母親の布団に行って寝込む。そんなことばかり繰り返していた。
ネットで調べると最初は患者さんは寝こんでしまうらしい。そのうちやる気が湧いてきて、散歩をしたり、図書館へいったり、やりたい事の半分ないし1/3をこなして社会生活へと戻る準備を行っていくそうだ。
夜は勇気を出して嫁にお願いして散歩に一緒に行ってもらった。歩くことができて少しホッとする。

 


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